M女の隠れ家

<2011年4月の日記>
2011年4月の日記

2011年4月1日
歴史に残る辛く悲しい3月が終わり、4月に入りました。
暦が変わっても、辛さ・悲しさは変わらないと思います。
明るい春の日差しの中でも、悲しみは続きます。



この写真は、女子大生の愛奴と旅行に行った時のものです。

ローターを敏感なところに当てられ、下着姿で縛られたまま部屋から連れ出されました。
ウエストに巻いて縛られた麻縄は、股間を通って背中に後ろ手にされて縛られている両手の上を通り、肩をまたいで胸に巻き付けられた麻縄にまでつながっています。
この縛りをされると、体をかがめることはできません。
首輪のリードを引かれて、ホテルの階段を下りていきます。

ピンクの紐ショーツと、そのお揃いのブラジャーがとても可愛い。
ローターの刺激に耐えられず、階段を下りる足が止まってしまいます。

誰かが来るかもしれません、カメラのフラッシュの光に気付かれるかもしれません。
こんな恥ずかしい姿を見られたらどうしよう・・・、、そんなドキドキ感がとても刺激的で興奮します。

4月2日
このサイトは、2001年11月11日から始めて今年で10年目になりますが、その間に一度だけ閉鎖されていた時期がありました。
2006年4月25日から6月19日までの2か月近く、このサイトを閉じていたんです。

サイトを閉じた理由は、ネット上で僕に対する誹謗中傷があったからです。
もちろん、書かれている内容はまるでデタラメでしたけど、普通の人が見たら本当のことだと思ってしまいかねません。
誹謗中傷が収まるまで、僕はサイトを閉じることにしたのです。

サイトを閉じていた間、また復活できるかどうかも分からないのに、僕はこの日記を書き続けていました。
誰も見てくれない日記でも、書き続けていることで僕は自分の心が落ち着くことを知りました。

あれから5年が経ちました。
もう今では、あのようなデタラメを誰も信用しませんから、誹謗中傷を書かれることもなくなりました。

今は、平穏な日々を過ごしています。
そして、まだ日記を書き続けています。

4月3日
「負けないぞ、福島」
「がんばっぺ みやぎ」
「けっぱれ いわて」
などの言葉が、とても心に沁みます。

日本中が、そして世界中から、被災された方に支援の手を差し伸べています。
できることから、してあげたい。
どんな小さなことでもいいから、してあげて欲しい。

そんな思いを、抱きます。

4月6日
インターネットの他のサイトを見ていると、いろんなサイトがありますが、中でも料理のことばかりを書いてあるサイトも結構あります。
自分で料理を作るのならともかく、外食ばかりしていて、どこそこの店の何とかいう料理はおいしかったとかまずかったとかいう話とその料理の写真を載せているサイトがかなりあります。

テレビでも、同じような料理番組がいくつもありその影響かもしれませんが、ザッと見て何ともつまらないサイトだなあって僕には感じました。
テレビの料理番組は、話のうまいキャラクターがその料理を食べて「まいう〜」とかいって笑わせる、いわゆるバラエティー番組ですけど、サイトの場合はよほど文章に特色がなければ、見ている人が飽きてしまいます。

料理は食べてこそ初めてその価値が分かるのであり、人が食べているのをいくら見ても料理の価値は自分には分かりません。
また、味の好みは人それぞれであり、万人がうまいと感じるものなどこの世にそんなにあるとは思えません。

テレビの料理番組は、安く番組を作るためのテレビ局の手抜きに過ぎないと思っていますので、それをサイトやブログに載せたって作る側の自己満足だけで終わってしまい、見に来る人はそんなに多いとは思えないのです。
お店やレストランの紹介記事になら、その場所とか営業時間とかその料理の値段などを書くべきだと思います。
それならまだ見る価値があります。

4月7日
これまでにこの日記にも何度か書いていますが、SMはもともと危険を伴う行為です。
だから、S男性はしっかりとした知識と技術と豊富な経験、そしてM女性に対する深い愛情と思いやりを持っていなければなりません。

では、どうすればそれらを得ることができるのでしょうか?
まず知識を身に着けることが順番の第一歩です。

僕の場合は、知識を得るのに多くのSMビデオを見ました。
何年も何年も、本当にたくさんのビデオを見てきました。
たくさんのビデオを見ていくうちに、自分に役立つものとそうできないものを選り分ける目が養われてきました。

今なら、動画配信されていますので、こちらなどがいいと思います。



また、いろんなSM雑誌やサイトを見ることも知識を得るうえでは、役立ちます。
もちろん、それらの中にはいかがわしいものも多数ありますが、数多く見ていくうちに、本物とニセモノを見分けることができるようになってきます。

そうやって知識を身に付けてから、少しずつ実践して技術と経験を積み重ねていくことが、順番だと思います。
未熟なままでM女性を調教することほど危険なことはありませんから。

4月8日
6日の日記の続きです。
SMサイト以外で、僕がよく見に行くのは旅行記を書いているサイトやブログです。

特にバックパッカーをしている人のサイトやブログは、とても興味があって何度も見てしまいます。
自分で実際に体験したことを書いているわけですからとてもリアリティがあり、また日本国内にしては知ることのできないような現地の実情などが書かれていて、文章のうまい下手にかかわらず、僕を惹き付けます。

お金があって有名観光地巡りをしている人や、一流ホテルに泊まって旅行している人のサイトやブログもそれなりに面白いのですが、やっぱりお金があまりなくて貧乏旅行をしているバックパツカーのものは見ていてすごく楽しいです。
それも有名観光地ではなく、その国のごく普通の人々や路地裏をリアルに描いているのは、とても興味を惹かれます。

いつか僕もそういう旅行に出かけていきたい、そんな夢を抱かせます。

4月10日
サイトを巡っていたら、こんな写真を目にしました。



「大きらい」という言葉が、とても分かりやすくて心に伝わってきます。
バックの津波に流されたがれきが、この「大きらい」という言葉をよく伝えています。

「津波も原発も大きらい」
どんな説明も理屈も、この言葉にはかないません。

今や政府の発表は信用されていませんし、マスコミや専門家は東京電力と癒着していて部分的で偏った情報しか流していない、そんな情報不信が広がっています。
原発の安全神話は崩れ、専門家の発言も信用できなくなりました。
政治家や企業経営者の発言などは、もっと以前からも信用されていません。
信じられるものがなくなったのが、今回の震災の目に見えない大きな影響です。

これと同じようなことが太平洋戦争の後にもあったと聞きました。
終戦直後に、それまで政府やマスコミの発表していたことがまるでデタラメであったことが広く国民に知られるようになり、大きな情報不信が生まれたそうです。
終戦という破壊的な出来事の後に情報不信が生まれました。
今回も大震災という破壊的な出来事の後に、やはり情報不信が生まれています。

人の言葉やマスコミの発表を鵜呑みにして信用していたこれまでの生き方を見直して、これからは自分で見たもの経験したことを信じ、自分で考えて自分で結論を出すことが大切だと感じます。

4月14日
大切な大切な愛奴との別れです。
ずっといつまでも一緒にいられるわけではないことは、分かっていました。
でも、いざ別れを実感すると、やっぱりとても寂しさを感じます。

一緒にいろんなところへ旅行にいきました。
一緒に入った温泉のお風呂や、抱き合って眠ったお布団の中、電車で眺めた景色までもが、大切な思い出です。
お店で食べた食事も、とっても楽しかった。

大好きでした。
幸せになって欲しいと願っています。
僕と付き合ってくれて、本当にありがとう。

一緒に楽しい時間を過ごせたことを、とてもうれしく思います。
ありがとう。
お元気で。

4月15日
これまでにも、何度も別れを経験してきました。
いろんな別れがありました。

このサイトの日記に、愛奴との別れを書いたのは2003年5月18日が最初だと思います。
あの時は、かなり長い間、気持ちが沈んでいました。
気持ちが立ち直るまで、けっこう時間がかかったのを記憶しています。

そして、今また新しい別れを経験しています。
何度経験しても、別れの辛さに慣れるものではありません。

いろんな思い出が、僕の頭の中を巡っています。
本当に楽しかった。
素敵な素敵な時間を一緒に過ごすことができました。

4月18日
先日、ある方から「女性は出会いを上書きするけど、男性はフォルダ分けする」ということを聞きました。
なるほどって、実感です。

僕は確かにフォルダ分けしています。
出会いの数だけアォルダがあって、どれもが消すことのできない大切な思い出になっています。
出会いが増えて行けば、それだけフォルダの数も増えていきます。

上書きすることなんて、とても僕にはできそうもありません。
過去を引きずって生きているような気がしますけど、それが僕の生き方なんですから、仕方がないと思います。



4月23日
昔は、知識を持っていることにとても大きな価値があり、学者や先生と呼ばれる人たちは知識を持っているだけで大きな権威と地位と収入を得ていました。
「知は力なり」という言葉もありました。

その知識を得るために、多くの人が学校に行き長い時間と労力とお金を使って、頭の中に知識を詰め込む作業を繰り返してきました。
いかにたくさんの知識を頭の中に詰め込んだか、つまり記憶しているかを調べるために、試験という制度を設けてその知識の量を確かめて、人を選別しました。
学者や先生と呼ばれる人たちの部屋にはたくさんの本があり、学校にも多くの本が置いてあって、知識の集積がなされていました。

ところがインターネットが普及したために、欲しい知識や情報は誰でも瞬時にほとんど無料で手に入れることができるようになり、今や知識の価値は極端に値下がりしています。
技術革新が、ものの価値を変えたとても大きな例です。

インターネットが一般に普及してから10年足らずですから、まだ知識を持っているだけの学者や先生と呼ばれる人たちは地位や収入を維持しています。
知識の量を調べるだけの試験制度も、まだ存在しています。

でも、遠からずそれらは存在価値を大きく失うことになるでしょう。
それなのに、いまだに時間とお金を費やして知識を頭の中に詰め込む作業を繰り返すことに青春の大切な時期を使っているのは、とてもむなしいことです。
悲しい気持ちにさせます。

高学歴が高い収入に結びついてい時代は、もう終わりを告げています。
韓国では、高い教育を受けてもそれが仕事や収入には結びつかないために「過剰教育」という言葉が生まれているそうです。
日本でも大学や大学院を出ても、それに見合う仕事や収入を得られずにいる人が増えています。

時代の変化を認識することが大切だと感じます。
時代はあっという間に変わるのです。

4月24日
親は自分が経験してきた価値観を子供に押し付けます。
今の若者の親は、受験戦争を経てきた世代です。

知識を多く頭の中に詰め込んだ者が、いい大学に行きいい会社に就職していい給料をもらっていた時代です。
でも、そのさらに親の世代は、本物の戦争世代です。
立派な軍人になることが立身出世の道でした。
机の上の知識などは、実際の戦場ではあまり価値を持ちません。

親が子供に教えている価値観は、常に時代遅れで陳腐化してしまっているのです。
親の言うことをよく聞く「いい子」は、時代の変化に取り残されています。

4月28日
ゴールデン・ウィーク前の駆け込み仕事で、とても多忙です。
毎月、月末は決まったようにして仕事が増えるんですが、今月はゴールデン・ウィークと重なるため、例月以上に仕事が忙しい。
更新が遅れている言い訳にすぎませんけど・・・。

小説「淫虫」もしばらく更新していません。
続きを書き上げて、すっきりとしたい気分なんですが、それもなかなか筆が進んでいません。

こういう時はどうするか・・・。
写真を加工して、気持ちを整えるんです。
文字を書くことに気持ちが向かわない時は、映像のほうに時間を向けます。
文字を書くのって、やっぱりエネルギーがいりますね。

さて、僕はビジネスマンですから、仕事でも文字を書くことがとても多いんです。
仕事で書くのは、当然ですけどビジネス文書です。

ビジネス文書の特徴は、いかに簡潔にまとめるかにあります。
字数が少なければ少ないほど良い。

その文書を読む人たちは、みんな忙しいんです。
ダラダラと書かれているような文書を読んでいる暇などありません。
結論とポイントさえ書いてあれば、それでいいくらいです。

例えば・・・
「結論:提案のA企画は、今回実施しません」
「理由:同様の企画が昨年10月にB社にて実施済みです」
(こんなことやったら猿まねの二番煎じと笑われるぞ・・・とまでは書きませんけど)

まあ、こんな感じで、シンプルでパッと理解できるように書きます。
そのあとに付けている資料は、ただの飾りです。
お暇な人だけ読んでくれればそれでいいという程度のものです。

でも、こんなビジネス文書は、読んでいても全く面白くも何ともありません。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の中や、休みの日にプライベートの時間を消費してまで読みたいほどの文章というのは、ビジネス文書とは全く逆のダラダラと書かれている文章です。

その典型が小説です。
僕が以前よく読んでいた小説の中に、司馬遼太郎がありました。
彼の小説はまさに、ダラダラ文章の典型です。

彼の小説には、話のストーリーとは全く関係のない取材中のことまでを小説の中に時々織り交ぜたりしています。
例えば、
「今回の取材中にF県の○×という旧家を訪ねようとK駅の前でタクシーに乗ったら、運転手がウンタラカンタラ・・・」という具合に、時代小説のストーリーとは全く関係のないことをダラダラと書いています。
そして「話を元に戻そう。その頃、伍介は東海道を江戸に向かって急いでいたウンタラタンタラ・・ダラダラダラ・・・」と続けるわけです。

普通は、話のストーリーとは直接の関係のないことを織り交ぜるのは、読んでいる人を興ざめさせることになりかねないため、嫌われるものです。
でも、それを堂々とやって紙面の字数を稼いでいるところが、やっぱり司馬遼太郎のすごいところです。