M女の隠れ家

<2012年2月の日記>
2012年2月の日記

2012年2月1日

削除しました。

2月2日
時代はどんどん変わっていきます。
これまでは、人から言われたことをただ黙々とこなしていくことのできる人が求められ、言われたことをしっかりとできる人が中流の生活をしてきました。
ごく一般的なサラリーマンの姿です。

でも、それはもう過去のものになりつつあります。
人から言われたことをしっかりとやるだけでは、中流の生活はできません。
かつての大量生産の工場に勤めていた人たちのように、与えられた仕事を黙々とこなしていくタイプの仕事は、より賃金の安い国に移っていっています。

中流と呼ばれていた層は、これまでと同じように人から言われる仕事をこなしているだけでは、もうその収入を維持できなくなっています。
じわりじわりと中流から下層に落ちていきます。

これからの時代にある程度の高い収入を得る人たちは、今までとは違う働き方をしているような気がします。
これまでのような働き方をしているサラリーマンの地位は、どんどん低下していきます。

一方で、これまでにはない働き方をしている人たち、名前の付けられないような仕事をしている人たちが、高い収入を得ていきます。
そういう人たちは、職業欄にまだ名前がありません。
社会的な評価も定まっていません。

でも収入は高いんです。
これからは、そんな人たちが増えていくと思います。

2月3日
昨日の続きです。
これまでにはない働き方をする人たちは、他の人とは違う何かを持っています。
「才能」とか「個性」と言える何かを持っていて、それが働き方の源泉になっています。

でも、今の日本の学校ではそういう「才能」や「個性」は邪魔もの扱いされます。
人と違う「才能」や「個性」は育てて伸ばすものではなく、すりつぶして削り取るものとされています。

大量生産時代の工場の歯車となる人材を作るための機関がこれまでの学校でしたから、人と違う「才能」や「個性」を持っている子たちは、学校でその「才能」や「個性」をすりつぶされ削り取られる過程で疲弊していきました。
そして型にはまった規格品の歯車となって社会に出ていくのです。

持って生れた「才能」や「個性」をすりつぶされ削り取られたあげく、社会の下層に落ちて行くのは、とても非合理です。
「才能」や「個性」を持たない規格品の社員ばかりがいる企業では、ざん新な発想や新しい取り組みはできず、他の国々の企業との国際競争に負けていきます。

幸いにしてそういう「才能」や「個性」を学校ですりつぶされることを逃れた人たちは、フリーランスで仕事をするかそういう人だけがサークルのようにして集まって仕事をするようになります。
小さな数人から数十人規模の会社を作って、新しい働き方をしながら高い収益を上げて行く、そんな時代になるような予感がします。

2月5日
2回目のパーティの計画を立てています。
ホテル側との日程調整をしており、何とか僕の希望した宴会場が取れそうです。

日程は、4月上旬を予定しています。
今月半ばには、またご案内ページをアップするつもりですので、参加ご希望の方はお早目にお申し込みくださいね。

前回は第一回目でしたので、すごく不安でしたし緊張もしました。
何でも初めてのことというのは、とても不安です。

初めて僕の調教を受けるというM女性も、きっともっと不安だったんだろうなあって感じました。
僕に調教依頼のメールを送る時から、電話でお話しして、実際にお会いするまでの間、不安と期待が入り混じった時を過ごしているのだろうと想像しています。

できるだけそんな不安を軽くしてあげるようにと心がけていますけど、SMはある程度のドキドキ感も必要です。
「何をされるのだろう」「何が起きるのだろう」と分からないことが、不安と期待を生みます。

調教の時、僕は言葉に出して責め内容を言う事もありますけど、あえて黙ったまま何も言わずに縛って身動きができないようにすることもあります。
何をされるのか分からない不安と期待のドキドキ感が、興奮を誘います。

ドキドキ感は「ある程度」というところが大切です。
強すぎるとダメですが、弱すぎると楽しみもなくなります。

「ある程度」とはどれくらいなのか、これは経験がモノをいいますね。
何回目の調教なのか、どんなことを好むM女性なのか、M性の強さ、年齢、ホテルの状況など、いろんな要素を勘案してM女性のドキドキ感が興奮に変わるように持っていきます。

興奮がM女性の理性を溶かしていきます。
理性が溶け落ちて、持っているM性があらわになった時、そのM女性は最高の快感に酔いしれ、全てから解放されるのです。
その時の悦びの姿を見るのが、僕の楽しみです。

2月6日
僕には夢があります。
いつか、会社の束縛から逃れた時に、世界中を見て回りたいんです。

1回の旅行に数か月くらいかけて、世界のいろんなところを旅したい、これが僕の夢です。
行ってみたいところは山ほどあります。
数か月×行ってみたいところの数+日本での休息・充電期間=数十年プラスアルファと言うくらいの計算です。
日本国内での休息や充電期間は必要です。
行きっ放しというわけにもいきませんからね。

でも、今の仕事でサラリーマンをしている限り、そんな数か月もの長期の休みを取ることはできませんし、まだ会社を辞めるわけにもいきません。
今、会社を辞めて収入がなくなると、年金がもらえるまでの期間、食いつないでいけるほどの貯金がないんです。

今の日本の社会保障制度では、僕の年代では年金は65歳にならないともらえません。
つまり65歳まで働けという制度です。

でも、65歳まで働いてから、さあ、これから世界を旅するゾって言うのは体力的にもきつそう・・・。
できれば、60歳までにして欲しいというのが、僕の願いです。

この5年間の差は、大きいです。
大体が、年金財源がないから(社会保険庁の年金計算のミスとヘタクソな資金運用のせい?)と言って、マラソンランナーにゴールの目前になったところで「はい、あなたのゴールはあと5Km先です」って言ってるようなもんです。

今の日本人男性の平均寿命は79歳。
65歳まで働いたとしたら、残りは14年しかありません。
その内の最後の4年間くらいは寝たきりでしょうし、6年くらいは身体のあちこちが傷んできて週に3日ほども病院通いをしていて、毎日山ほどの薬を飲まなきゃならない生活をしているような気がします。

となると、ある程度の健康体で自分の自由になる時間と多少のお金がある期間は、たったの4年間しか残されていません。
79年間の人生で、自分の夢がかなえられる期間は、たったの4年間!

これでは、人生あまりにもワビしい。
で、今ごろになって、どうしたらいいものかとあがき始めています。
60歳で会社やんぴって言うのも、ありかな。

2月9日
僕は子供の頃は、旅行が大嫌いでした。
修学旅行なんて、その日が近づくと憂鬱になりました。

理由は、僕は乗り物酔いがひどい子だったからなんです。
特に観光バスは、すっごく苦手でした。
あの頃のバスの中の匂い、ビニールの匂いがとても嫌で、あの匂いをかいだだけで吐きそうになるくらいでした。

だから、ずっと旅行が嫌で、できるだけ避けていました。
でも、二十歳ぐらいから、乗り物酔いがしなくなり、それからは少しずつ旅行嫌いも治ってきました。

そして、今では旅行に行きたくて、いつか世界を旅したいと思っているほどです。
これは、子供の頃の反動が出ているような気がします。

反動形成理論とか、振り子理論とか、作用反作用とか、言い方はいろいろですけど、どちらかに大きく偏った状態にあると、その反対方向に向かう力が生まれます。
物理の法則ですが、人間の身体や心にも、同様な働きがあるように感じます。

普段、とても真面目でカタブツと言われている人が、時に人よりも大きくハメを外した行動を取ったりします。
普段はしっかり者で仕事でもテキパキと人に指示したりしていてSっぽく見られている人が、実はMだったりします。

陽と陰、プラスとマイナス、表と裏、男と女、正と悪、光と影、タテマエと本音、昔からいろんなことにふたつの面があって、それがバランスを取っている状態を人は望んできました。
反動の力は表には出ませんが、人の心の中にもしっかりと存在しているものです。
ずっと反動を抑え続けていれば、ますますその力は大きくなっていき、いつか大爆発するか、あるいはまったく違った形に変質して手に負えない状態になるような気がします。
適当に反動は解放してやるのがいいと思います。

2月10日
前回の10周年記念パーティの後、多くの方からもう一度パーティを開催して欲しいとのご要望をいただきました。
そこで、再度パーティを企画しました。



 
※この写真はイメージです。前回のパーティでは1枚も写真を撮っていません。
 でも、まあ大体、こんな雰囲気ですね。


今度も同じく、都内のちゃんとしたホテルの宴会場か大きなレストランで開催します。
また前回のように楽しいひとときを過ごして、素敵な出会いがあることを願っています。

前回は全くの初めてでしたから、いろんな面で不安もありましたけど、今回はずっと落ち着いた気持ちで準備も進められそうです。
参加していただける方々も、前回はどんな人が参加しているのだろうという不安があったと思います。

でも、一度経験すると、もう参加される方々の顔ぶれもだいたい分かりますし、パーティの雰囲気も予想がつきます。
いろんな点で前回よりも改善ができると思います。

トップページの前回と同じ場所に、参加ご案内ページを設けました。
こちらのページです。
 親睦パーティのご案内

いろんな方とお会いできるのを、楽しみにしています。

2月11日
先日、初めてスカイツリーを見に行ってきました。
と言っても、まだ開業していませんので(今年の5月22日開業予定)、周りと下から眺めていただけです。



隅田川の吾妻橋から眺めたところです。左手に有名な「うんこビル」が見えます。
これがその「うんこビル」のアップです。(アサヒビールの建物です)





スカイツリーの全景です。
ああ、つまらん写真だ。昔なら「フィルムを無駄にした」と言うくらいの、ありきたりな写真です。



スカイツリーの足元は、まさに工事現場という感じです。
でも、そのバリケードにこういう近隣の観光名所の絵が描かれているのって、なかなかいいですね。



スカイツリーの鉄骨の中は、こんな感じです。
けっこう、ソソられますね。
実は、僕は巨大建造物フェチなんです。



近くに観光案内所がありましたので、そこでパンフレットをもらってマックで眺めていました。
僕は、マックシェイクのチョコが大好きです。
一人でマックに入ったのは、久しぶり。
他の客は高校生ばかりでした。



2月13日
とあるブログを読んでいたら「どれくらいの間隔でシーツを洗濯するか?」ということが書かれていました。
3日に一度?、1週間に一度?、毎日?、月に一度?・・・・。
人によってシーツの洗濯頻度は、かなり違いがありそうだということです。

ちなみに、シーツという表現はベッドに対する言葉のような気がします。
布団にシーツと言うよりは、布団はカバーのほうが合っているような。
敷布団カバー、掛け布団カバーと言うほうが、しっくりきます。
僕はベッドではなく布団なので、カバーのほうですね。
(カバーはファスナーやボタン、紐などが付いていて全体を包み込むもの、シーツは一枚布というような分け方もあります)

ま、言葉の問題は置いといて、洗濯する主体は女性が圧倒的に多いわけですが、どれくらいの頻度で洗濯するかというのは聞かれたくないとのことでした。
つまり、あまり洗濯頻度は高くないようです。

子供や旦那さん、自分の下着や靴下は毎日のように洗濯します。
服もかなり頻繁に洗濯します。

でもシーツは、結構汚れやすいものなのに、洗濯頻度はそれほど高くありません。
洗いたてのシーツは、夜、寝ていても気持ちいいんですけどね。

では、なぜシーツの洗濯頻度はそれほど高くないのか?

推測理由その1-誰か他の人に見られるようなものではない。
でも、それなら下着も他人に見られるようなものではないから、この理由は当てはまりません。

推測理由その2-大きいから洗濯や干すのが面倒だ。
でも、洗濯機に放り込んでボタンを押すだけだから、洗濯にかかる手間は同じです。
干すのも、大きなシーツが物干しざおにかかって風になびいているのは、見ていても気持ちいいものです。
だから、これも理由にならない。

推測理由その3-下着や靴下は子供や旦那さんが自分で脱いだり着たりしてくれるけど、シーツや布団カバーはこっちが着せ替えしてやらなければならない。
とても面倒だ。
多分、これが最大の理由のような気がします。

僕も布団カバーを洗濯する時は、掛け布団や敷布団からカバーを脱がして(はずして)、新しいカバーをかぶせるのに毎回かなり悪戦苦闘します。
布団カバーをかぶせてファスナーを閉めた後で、カバーの中に布団が縦横反対になっているなんていうのは、しょっちゅうです。
時には、カバーの中で布団が半ひねりしていたりします。

敷布団などは、布団カバーを着せる時に暴れ回ります。
「じっとしていろ!」と言いたくなります。

女性は男性よりも空間把握がとても苦手のようです。
「地図が読めない女、人の話を聞かない男」と言う本に、そう書いてありました。

かくして、高度な空間把握能力が求められるシーツの着せ替えは、女性にとって嫌な作業のひとつとなり、洗濯頻度が低くなるのです。
この推理は、当たっているでしょうか?

2月15日
昨日の2月14日は、バレンタインデーでした。
実は、僕は昨日がバレンタインデーだということを、すっかり忘れていました。

会社の女性から義理チョコを1個もらって、初めて「ああ、今日はあの日かぁ」って気づいたんです。
僕にとってバレンタインデーは、そういうレベルの日になってしまったと言う事に、我ながら愕然としました。

一年にいくつもイベントの日がありますが、僕には何の関係もない日がほとんどです。
クリスマスも、僕には何の関係もありません。
いつもどおり一人ぼっちで、家でお鍋を作って少しお酒を飲んで、早く寝てしまう日です。

節分も関係ありません。
黙ったまま太巻き寿司をどこかの方角に向いて丸かぶりするなんていう風習は、僕にはとても奇異に感じます。

3月3日の桃の節句や5月5日の端午の節句も、もちろん僕には無関係です。
7月7日の七夕も関係ありませんし、ハロウィンなんて僕の子供の頃には存在すらしていませんでした。
それ以外の外国由来のイベントの日などは、言うに及ばずです。

こうやって考えてみると、僕がいつもと違う行動を取る日というのは、一年の中で盆と正月くらいしか残っていません。
他の日は、僕には何の関係もない普段の日ということになります。
僕って、あまり商売にはならない男ですね。

2月19日
先日、中年のロシア人女性が5、6人で大きな声でおしゃべりしながら、イスに座っているのを見かけました。
カメラを首からぶら下げていて、ガイドブックを持っていましたから、あきらかに観光客です。

あの姿を見て、オバタリアンはどこの国にもいるんだって感じました。
日本のオバタリアンと、行動様式が全く同じです。
団体で動き、大きな声で話して大声で笑い、周りの目など全然気にしない、そしてお菓子をバクバク食べている。

一人の人が買ってきたお菓子に、みんなが手を突っ込んでいました。
そのお菓子は、コアラのマーチと雛あられでした。

「それ、パッケージデザインで買っただろ?」と言いたくなるような商品選択です。
日本人なら、そんな食べ方をするときに雛あられは決して選びませんから。

2月21日
先日、すごく久しぶりに本を買いました。
以前は、よく暇さえあれば本屋さんに行き、いろんな本を買って読んでいました。

でも、この1年くらいはあまり本屋さんに行かなくなり、本を読みたいという気持ちもとても薄くなっていました。
知識や情報を得るのに、ああいう紙媒体を使わなければならないということに、少しずつ抵抗感を覚え始めています。
音楽や動画などでもネット配信されている時代に、いつまで「本」という紙媒体で活字を読まなければならないのでしょうか。

しかも、本の内容が薄い。
本屋さんでペラペラっと中身を見ても、この本にこれだけのお金を払う価値があるのだろうかと疑問になって、つい買うのをためらってしまいます。
本は読んだ後に、部屋の中を占領していくのも、最近では嫌に感じます。

ブックオフに持って行っても、ほとんど大したお金にもならないのに、カウンターで待たされるのもあまりいい気持ちがしません。
だから、最近は本も雑誌や新聞と同じくちり紙交換に出しています。

本がネット配信されるようになれば、印刷コストも本屋さんという店舗のコストも省けますから、値段も下げられます。
紙の原料は木ですから、資源のムダ使いもなくなって、とてもエコです。

今は本を書く人たちは、それで収入を得ようとしていますので、出版社には逆らえずネット配信されることへの抵抗を続けていますが、新しい時代の新しい作家はネットで自分が書きたいことを書くようになるでしょう。
本がネット配信される日は、それほど遠くないような気がします。
そうなれば、有料でネット配信された「本」を読むのと、僕のような個人が自由に書いているブログやサイトを無料で読むのとの比較が起き、本というコンテンツも無料化へと進んでいくでしょう。
そこでは、書かれたものを読むのにお金はかからず、無料配信になっていると思います。

出版社や印刷会社、本屋さんは、今のままでは経営が苦しくなります。
アマゾンも本の配達だけでは将来はないと考えて、他の商品に手を伸ばしているのだと思います。

収入は別の方法で得るようにならざるを得ないでしょう。
出版不況と言われて久しいわけですから、当然、今、作家をしている人たちの収入も同じく不況になって久しいはずです。
以前のように作家として印税で生計を成り立たせている人の数は、大きく減少していると思います。

2月26日
親睦パーティの参加お申し込みをされ方の中で、、携帯のメールアドレスを登録して、パソコンからのメール受信の拒否設定してる方がいます。
その方には、僕からご案内メールがエラーとなって届きません。

前回の時もそういう方が何人かいらっしゃいました。
せっかくお申込みをされたのに、メールのトラブルでご参加いただけないのは、とても悲しいことです。

お申込みをしたのに、僕からのメールがまだ何も届いていないという方がいましたら、再度メール設定をご確認のうえ、お申込みをしてください。
パーティでいろんな方にお会いできるのをとても楽しみにしています。

いっぱいお話しをして、おいしい料理とお酒を飲んで、楽しいひとときを過ごしたいと思っています。



さて、この写真の子はご覧のとおりパイパンです。
僕はパイパンが大好きですから、僕はM女性にパイパンになることを要求します。

とても被虐的な感じがして、僕の奴隷なんだと感じさせてくれます。
僕と会う前日の夜、こっそりとお風呂で恥ずかしい恰好をしてあそこの毛をジョリジョリと剃っている、そんな姿を想像します。

そして、僕と会うために、電車に乗って当日、待ち合わせの場所にやって来ます。
もし痴漢にでも会ったらどうしよう、そんな妄想も膨らみます。

パイパンになっているということを他の男性には知られるわけにはいきませんから、僕以外の男性とは、毛が生え揃うまでの期間、しばらくは会えなくなります。
そういう制約とリスクをもたらすパイパンです。

2月28日
ヘッドハンデイングという言葉があります。
でも、僕のところにヘッドハンターが来たことはありません。

ヘッドハンディングというのは、他の会社からの転職のお誘いなわけですが、今の会社の給料や条件よりもかなり上のものを提示しないことには、転職はしてもらえないでしょう。
相手の会社もそれだけのお金を払ってもいいと考えるほどとなると、その会社にとってかなりの「高い買い物」となります。
だから事前の人物調査は相当にしっかりとしたうえでのヘッドハンデイングとなるでしょう。

で、この人物調査なるものは、どんなことを調査するのかと言えば、多分、隅から隅までプライバシーも余すところなく調査するものと思われます。
僕が相手の会社の人事部なら、そういうデータも要求しますから。
ヘッドハンデイングをする会社(いわゆる仲介会社)は、私立探偵を使ってその人物のプライバシーを丸裸にするくらいに調べ上げて、問題のない人物だけを相手の会社に売りに行くでしょう。

これでは、僕は完全に落とされます。
「SMが好きで時々M女性を連れてアルファ・インなる怪しげなホテルに行っている」などと調査書に書かれたりしたならば、それだけでもうバツです。

幸いにして僕はヘッドハンデイングをされるような仕事をしていませんし、僕の会社の中にもヘットハンデインクされたという話は聞いていません。
当面、僕は人物調査をされるようなことはないわけですが、もしそういう立場や仕事に就いたならば、相当に身辺に気を付けなければならないということです。

会社でそういう立場にいる人たちや、特殊な技術を持っている人たちは、いつヘッドハンデイングに合うか分かりませんから、SMをするのは難しいということになります。
政治家や芸能人、スポーツ選手などの知名度の高い人も、SMはできませんね。
雑誌や新聞記者のカメラが、いつどこで狙っているか分かりません。

こう考えていくと、SMができる人というのは、かなり限定されてきます。
なまじ、知名度が高かったり、会社で高い地位にいたりすると、SMはできないわけですから、ほどほどのところにいる人だけがSMができると言えます。
そう思えば、SMをいっぱい楽しんでいる僕ってとてもラッキーだったのかもしれません。

2月29日
AIJ投資顧問というところに委託していた企業年金の2000億円近くが消失したと大きく報道されています。
この問題についてはいくつもの疑問点がありますが、まずはこの「消失」という言葉にすごく違和感があります。
紛失でも盗難でも横領でもなく「消失」としているのは、なぜ2000億円ものお金がなくなったのかが、まだ分かっていないからでしょうか?

これまでに大手の銀行や証券会社でさえ、さんざん悪いことをしてニュースを賑わしてきたわけですから、こんな名もない投資顧問会社など何をしているか分かったものではありません。
元々が金融業界とは、一攫千金を狙って魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するヤクザな業界です。

「消失」したと報告して、この投資顧問会社の何人かで2000億円を持ち逃げしたとすれば、これはとってもお得な行為です。
例えこの100分の1の20億円でも、犯罪を犯すには十分に魅力のある額です。

コンピューターをちょこっと操作して、100分の1ほどでもスイスの隠し口座に送金してしまえば、もう誰にも分かりません。
万一、バレたとしても業務上横領の初犯くらいですから、執行猶予がついて刑務所に入ることもないでしょう。
バレなければ20億円が自分のものです。

このリスクとリターンのバランスを考えたら、やらないほうがバカと言えるくらいです。
もしお金持ちになりたいのなら、金融関係の会社に入って、不正を働くのが一番効率的です。