M女の隠れ家

<2016年4月の日記>
2016年4月の日記

2016年4月1日
  
     ■のどかな春の日に■
 今年の4月の新年度は、僕にとってはのどかな始まりになりました。
大きな組織替えもなかったし、人事異動もありませんでした。

静かに新年度入りしました。
組織がバタバタしていると、落ち着いて仕事に集中することができません。

今年は、このまま静かに進んで行って欲しいものです。
まあ、そんなにこちらの希望どおりには事は運ばないとは思いますけどね。



4月2日
      
■近所の公園の桜が満開になりました■
 今年も近所の公園の桜を見に行ってきました。
満開の桜は、とても見事です。



僕がまだ20代の頃、京都に住んでいました。
その時、奈良の吉野の桜を見に一人で車で出かけた記憶があります。

すごい桜吹雪の中、車をゆっくりと走らせました。
舞い散る桜の見事さに、ただ見とれていました。

あの頃はお金もないのに、将来に全く不安を感じていませんでした。
何の根拠もなかったけど、未来は明るいと信じていました。

4月4日
      
■「はじめに行動ありき」のほうが、結果的に成功に至る確率は高いと思う■
 
はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。( ヨハネによる福音書1章1節)
これはキリスト教では有名な部分だと思います。

僕はたぶん仏教徒ですから、キリスト教のことは全然詳しくありません。
僕の家(実家)には仏壇があるんですから、きっと僕は仏教徒でしょう。
だから「はじめに言葉ありき」というのは、聞いたことがあるという程度です。

ビジネスをしていると、まずトップダウン式に方針が決められ、その方向性に従っていろんな調査をして、その調査結果に基づいて計画が立てられます。
その計画ができてからようやく行動に移されるというのが、一般的です。

行動に移されるまでには、それなりのプロセスがあるわけです。
これは、失敗をどれだけ少なくするかに主眼がおかれている結果、そういうプロセスを経るようになりました。

主眼は「失敗を少なくすること」であり、「成功を増やすこと」ではありません。
日本の会社のほとんどは「失敗を少なくすること」に重点が置かれています。

新入社員への訓示にトップはよく「失敗を恐れずに…」とかいいますけど、実態は人事評価で失敗は大きな減点になるのが普通です。
社員を評価するのが仕事である人事にとっては、減点方式のほうが、評価しやすいからです。

でも、個人レベルにおいては、「はじめに行動ありき」のほうが、結果的には成功する確率は高いと僕は思っています。
まず行動して、そしていくつもの失敗をくりかえしている内に経験値が上がり、ついには成功に至ります。

ここで繰り返している失敗は、成功へのステップに過ぎず、実は本当の意味での失敗ではありません。
先に書いたビジネスのように長いプロセスを経ていては、成功するチャンスはどんどんと少なくなっていきます。

そんなプロセスを経ている時間があるなら、いきなりでも行動して失敗を繰り返しているほうが、はるかに効率的に成功に至ると僕は思います。
いろんなことを調査したり計画を立てたりするよりも、まず行動することなのです。

100の調査よりもひとつの失敗のほうが、はるかに経験値も上がるし成功に近づきます。
成功とは、行動した者にのみ与えられるのです。

行動しない者に、絶対に成功は訪れません。
そして失敗しない者にも、成功は訪れないと思います。

これを「失敗は成功のマザー」と誰かが言っていました。

4月7日
      
■「大人になれ、シンジ」と碇ゲンドウが言った大人とは?■
 碇ゲンドウが言った「大人になれ、シンジ」は、エヴァンゲリオンの中の有名な言葉です。
この「大人」とは、どういう人を言うのでしょう?



エヴァンゲリオンの中で言われている「大人」の意味とは少し違うかもしれませんが、僕の考えている「大人」とはこういう人を言います。
自分の感情に振り回されない人、自分の感情をうまくコントロールできる人を、僕は「大人」だと思っています。

逆に、怒り・悲しみ・恐怖などの感情に振り回され、冷静で合理的な判断や行動ができない人は、「子供」だと言えます。
韓国では国民の50%以上が、激しい怒りで感情をコントロールできなくなる「火病」だと言われており、精神疾患としてみなされています。
韓国人の火病は国民性とも関連しており、とても扱いのやっかいな精神疾患です。

日本人においては、そのような精神疾患はありませんが、精神の発達段階においてまだ未熟な人の場合、感情のコントロールがヘタな人がいます。
感情に振り回されていると、時には自分自らを傷付けることにもなります。

冷静にクールに判断し合理的に行動できるように、自らの感情をコントロールする方法を学ばなければなりません。
これは精神修養のジャンルです。

今の学校教育では知識の詰め込みに重点が置かれていて、精神修養は普通の学校教育では行われていません。
ほとんどの人は、若い頃に精神を鍛えていないのです。

遊園地のティーカップに乗って回転していると、周りの人の動きが見えなくなりますが、感情に振り回されている時はあれと同じ状況にあるのです。
ところが冷静になって落ち着くことができると、ティーカップの回転が止まっているのと同じ状態になり、周りの人の動きが見えるようになります。

自分が感情に振り回されないようになると、周りの人の動きがよく見えるようになり、さらにこうしたら相手の人はどう反応するかということも読めるようになってきます。
自分で自分の感情をコントロールできるようになると、周りの人との人間関係が劇的に変わります。

今まであった周りの人とのいろんな軋轢(あつれき)やトラブルが、とても少なくなるのです。
自分の感情をコントロールできると、周りの人の動きが見えるようになり、そうすると人をコントロールできるようになるからです。

アメリカの士官学校では、戦場で指揮官が感情に振り回されて冷静さを失ってしまったり、パニックになってしまうことのないように特殊な訓練がされるそうです。
かつて日本の武士も、精神修養で強い心を持つよう鍛えられていました。

でも今は平和な日本になり、戦場からは遠くなっています。
弱い精神のままでも何とか生きていける世の中です。

精神的に「大人」になっていない大人が増えています。

4月9日
      
■日銀が発表した「賃上げETF」の持っている意味■
 安倍総理と日銀の黒田総裁は、デフレ脱却のために手を組んでいるというのはよく知られています。
その日銀が近く「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業に投資するETF」の購入を開始すると、先日報道されました。

このETF(上場投資信託)は、証券業界では「賃上げETF」とあだ名されているそうです。
つまり、日銀は賃上げした企業の株を買いますよ、そうすれば賃上げした企業の株価が上がりますよねという意味を持ったETFです。

3月26日の日記にも書きましたように、今年の春闘では、企業は政府から先に企業減税という恩恵をもらっておきながら、その時に約束した賃上げをちゃんと実施しませんでした。
約束を反故にされた安倍総理は、これで企業側に対して冷たい態度を取るようになりました。

80時間以上の残業をしている事業所への査察強化や同一労働同一賃金法制など、働き方改革に積極的に取り組んでいます。
その流れの中で今回の日銀が発表したETFは、安倍内閣の動きと歩調をそろえています。

今、企業は355兆円という史上最高額の内部留保をたくわえており、それを賃上げにも設備投資にも使っていません。
これがデフレから脱却できない大きな要因の一つになっているのです。

そこで日銀が打ち出したこの「賃上げETF」は、賃上げをした企業の株価を上げますよというメッセージを持っています。
賃上げしない企業の株価は逆に下がりますよねというメッセージでもあります。

沢山のお金を内部留保金として抱え込んだままで株価が低迷していれば、それはM&Aの格好のターゲットにされます。
最近は中国企業が、世界中で企業買収を繰り広げています。

つまり「企業の爆買い」をしているのです。
お金を溜め込んでいて、なおかつ高度な技術力を持っている日本企業は、この中国企業の絶好の獲物です。

株式を公開している上場企業のほとんどは労働組合を持っていると思いますが、民主党(今は民進党か)にばかり肩入れしている間に、気が付いたら経営者は中国人になっていたという話は、現実味を帯びてきます。
シャープが先日、台湾企業に買収されることになりましたが、このような事が今後あっても、もう政府はその企業に救いの手を差し伸べることはないでしょう。

安倍内閣との約束を破った企業は、冷たく突き放されるだけです。
賃上げや非正規問題、残業問題にまともに取り組んでこなかった労働組合も、これからその大きなしっぺ返しを受けることになります。

4月11日
      
■「結婚はしたくないけど子供が欲しい」と言ったキャリアウーマンの話■
 ぼくの会社に、出世階段を猛スピードで駆け上っているキャリアウーマンがいます。
彼女と、ある宴会で話をしたことがあります。

その時に、彼女はポロリと「結婚はしたくないけど、子供が欲しい」と言いました。
その言葉が彼女の本音であることは、その表情で僕にはよく分かりました。

彼女の友人たちのほとんどは、すでに結婚していて子供がいます。
そんな可愛い子供たちと一緒にいる友人たちを見ていると、とてもうらやましいと言っていました。

でも結婚はしたくないと言うのです。
男と一緒に暮らしたくはないという意味です。

今は高級マンションで一人暮らしをしている彼女ですが、男と一緒に生活をしてその男のために料理を作ったり掃除洗濯をしたりすることは嫌だと言うのです。
その考え方も、バツイチで一人暮らしをしている僕にはよく分かります。

そんな彼女が子供を得る方法はどんなのがあるだろうと、考えてみました。
まず、結婚しなくてもいい男性を見つけて、その男性と避妊せずにセックスをしなければなりません。

できるだけいい遺伝子を持っていそうな男性で、彼女にまとわりつかないような男性となると、これを探し出すのはかなり厄介な作業です。
その男性と生でセックスを何度かしなければならない、この行為ができるかどうかもかなり微妙な問題です。

性病の心配がなく、先天的な病気なども心配いらない男性かどうかを見極めるのも、なかなか大変なことです。
それなら最初から精子バンクでいい遺伝子の精子を買って、人工授精したほうがはるかに簡単です。

お金さえ払えば、今は金髪でも頭脳優秀でも、モデルのような美貌の遺伝子を持った精子でさえ、いくらでも買える時代です。
さあ、そんな遺伝子を持った精子を人工授精して無事に妊娠できたとしましょう。

会社には未婚で妊娠というダーティなイメージを持たれてしまいましたが、それでも社内規定に従って有給休暇を取ってなんとか出産できました。
いい遺伝子を持った子が産まれました。

この子をどうやってキャリアウーマンの彼女が一人で育てていくかが、次なる問題です。
その話は、また後日に続きます。

4月12日
      
■「結婚はしたくないけど子供が欲しい」と言ったキャリアウーマンの話、その2■
昨日の続きです。
キャリアウーマンの彼女は、入社してしばらくの間は同期の中では上位にはいましたけど、それほど目立った存在ではありませんでした。

それがある時から急激に出世し、並み居る男性社員たちをゴボウ抜きにして出世階段を駆け上がり始めたのです。
僕もそのゴボウの一人です。

      ゴボウ君です。

そんな彼女が、未婚で子供を産んでしまいました。
これから一人でその子を育てていかなければなりません。

社内規定にあるとはいえ出産の前と後で長期の休暇を取っていましたし、未婚で出産というダーティなイメージは彼女のキャリアには大きなマイナスです。
そのマイナス分を取り返すためにも、今まで以上に仕事に頑張らなければなりません。

当面は専属のベビーシッターを雇って子供の面倒を見てもらうことになるでしょうが、いつまでもそれを続けるわけにもいきません。
よく実家の母親(産まれてきた子のおばあちゃん)が、娘の家でしばらく寝泊りしながら子供の面倒を見ることがあります。

しかし、彼女の実家の両親には残念ながらそういうことを許す環境ではありませんでした。
日中はベビーシッターが子供の面倒を見てくれているのですが、キャリアウーマンの彼女の仕事は男性と全く同等で、時には深夜にまで及ぶこともザラです。

ベビーシッターさんもしばらくは彼女の仕事に合わせて深夜に彼女が帰宅するまで、子供の面倒を見てくれていましたがそれもいつまでもは続きません。
さらにハードワークでクタクタになって疲れ果てて帰宅した彼女に、育児が待っています。

仕事と育児で睡眠時間が極端に削られた生活が続きます。
このままでは彼女もダウンしてしまいます。

キャリアウーマンとしての仕事を持ちながら一人で子育てを続けていくのは、専属のベビーシッターを雇ってさえも今の日本ではほとんど不可能に近いのではと思えます。
そこで、次なるアイデアです。
この話は、また続きます。

4月13日
      
■「結婚はしたくないけど子供が欲しい」と言ったキャリアウーマンの話、その3■
 このお話は、まだ続きます。
この4月1日に女性活躍推進法が施行されました。

女性の活躍を目指した法律ですが、まだ実際に効果が出るようになるまでにはいろんなハードルを越えていかなければなりません。
キャリアウーマンの彼女も、産まれた子供を育てながらこれまでのように仕事を続けていくには、いろんな困難が待ち受けています。

女性が一人で子育てをするのが困難なのであれば、集団で育てていこうというのが僕のアイデアです。
固い言葉で言うなら「集団的育児方法」です。

具体的な例で言うと、0歳から小学校卒業くらいまでの子育てをしているシングルマザーと年金をもらっているような高齢者だけが入居できる30戸程度の賃貸マンションを作ります。
そのマンションの1階には小児科とドラッグストアかコンビニ、そして飲食店が入居し、カーシェアリング用の5台程度の駐車スペースを設けます。

2階と3階は住居スペースで、30戸の内の10戸は高齢者、20戸はシングルマザー用に割り当てます。
この賃貸マンションの特徴は、共有スペースがとても広く作られていて、子供たちが遊んだり学習したりできるようになっていますし、また共有のキッチンとダイニングスペースが各部屋のとは別に作ってあります。

シングルマザーの人たちが共益費を出し合って、この共有スペースを運営しベビーシッターも数人を雇います。
年金暮らしの高齢者の方はここの共益費は負担しませんが、ベビーシッターとともに子供たちの面倒を見るのを手伝っていただきはます。

シングルマザーの人たちも、仕事が休みの時は自分の子供だけでなくこのマンションに住む子供たちをこの共有スペースを利用して一緒に面倒を見ていきます。
共益費は、一律ではなくシングルマザーの人たちの収入の過多によって差をつけ、ある意味税金のような感じになります。

このマンションに住む人たちが、緩い絆のコミュニティの中で集団で子供を育てていくのです。
今の日本は家族が基本単位になっていますが、このコミュニティは家族ではありません。

もうすでに結婚という制度は、制度疲労を起こしており機能不全に陥っています。
男と女が一人ずつ一緒になって結婚して子供を産み、それだけの単位で生活を成り立たせていくというのは、今はもう無理なのです。

性的マイノリティのレズやゲイの家族が認められるようになりましたが、さらに進んで一夫多妻制やその逆もこれからの時代はあっていいと思いますし、このマンションのようなコミュニティもあるべきだと思います。
夫婦と子供という家族を基本単位としているだけでなく、それ以外のいろんな形の単位を作って、それらを認めて国が補助金を出して運営をサポートするのです。

このようなマンションは「子育てマンション」と呼ばれ、地域ごとにいくつも作られるようになれば、女性の活躍も広がるのではと思います。
昔の村単位での生活では、村ごとにこのようなコミュニティが生きていました。

子育てマンションに限らず、他にもいろんな目的ごとのマンションがあっていいと思います。
今のマンションは、目的が共有されていない戸々がただ生活するためだけのマンションです。

目的と住む人がある程度まとまっていて共通のコミュニティを作れるようなマンションは、かつての学生アパートと原理的には同じです。
僕が学生の頃のアパートでは、それぞれが6畳一間で生活していて、台所やバス・トイレ、洗濯機や洗濯干し場などは共有でした。

緩いプライバシーがありながらも、先輩から後輩へといろんな情報が共有され、助け合いもされていました(特に試験の時はとても重要でした)。
誰も車は持っていませんでしたのでカーシェアリングはありませんでしたが、自転車や傘やいろんな物がシェアリングされていました(しょっちゅう紛失もしてましたけど)。

この「子育てマンション」という案は、すでにどこかで実際に運営されているかもしれません。
僕の考え方の根本になっているのは、これまでのように家族という基本単位だけで社会の仕組みを作っていくのはもう無理だということです。

目的や構成員の特性が絞り込まれたいろんなコミュニティができていて、それが制度的にも認められるような社会になればいいと思います。

これで、キャリアウーマンさんのお話はおしまいです。
ここに書かれている内容は、フィクションだと思ってください。

4月14日
      
■2014年9月20日の日記に書いた「あの悪夢の再現」が近づいている■
 2014年9月20日の日記に、「あの悪夢の再現」というエントリータイトルで日記を書きました。
妄言と言われればそのとおりの妄言ですが、最近のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏の発言などを聞いていると、アメリカ人の意識の中の孤立主義的な傾向が見えます。

トランプ氏の言うアメリカ優先主義とは、孤立主義やモンロー主義とほとんど同じです。
ナチスドイツが台頭したヨーロッパに対して当初アメリカは不干渉を貫き、孤立主義的な対応をしてしまいました。

その結果がヒトラーの増長を生み、戦火が拡大した悲劇の第二次世界大戦につながって行ったのですが、今のアメリカも中国の増長に対して孤立主義的な対応を取ろうとしているかのようです。
またあの悲劇が繰り返されるのでしょうか?

4月16日
      
■この日記を書いても、今は誰も見ることはできません■
 今、僕は病気で入院しています。
自宅にあるパソコンからしかアップロードできないので、病室のベッドの上では書くことはできても、アップロードができないのです。
誰も見ることのない日記を、僕はただ書き続けています。

僕はこれまでの人生で、ほとんど入院の経験がありません。
中学生の時に風邪をこじらせて、気管支炎になって6日間の入院をしただけです。

ほとんど大きな病気や怪我もすることなくここまで過ごして来れたのは、幸運だったと思います。
そして、今はかなりやっかいな病気と闘っています。

闘病生活がしばらく続きそうです。
病院からの一時帰宅が許された時に、この日記をまとめてアップロードしようと思っています。

4月19日
      
■大きな時代の変化の真っただ中にいる時は■
 僕らのビジネスの場にパソコンが普及し始めたのが1980年代の後半です。
それからまだ30年も経っていません。

コンピューター技術の発達は、社会の仕組みやあり方に大きな変化をもたらしました。
それ以前の価値観や常識とも大きく変わってきています。

1980年にアメリカのアルビン・トフラーという学者が「第三の波(The third wave)」という本を書いて、ベストセラーになりました。
その「第三の波」とは、原始時代からの人類の歴史を解きお越し、15000年ぼと前の農業革命が第一の波、18〜19世紀に起きた産業革命が第二の波で、今進んでいる情報革命が第三の波だというのです。

アルビン・トフラーは、1980年というまだパソコンもほとんど普及しておらず、スマホはもちろんのこと携帯電話もなかった時に、今の情報革命を予測しました。
もちろん彼の予測は全部が当たったわけではなく、まだ実現していないものもあれば、予測もしなかったことが起きてもいます。

ただ、言えるのは今われわれは、人類の歴史上の非常に大きな波の中にいるということです。
いろんなものが大きく変化している真っ最中なのです。

変化の真っただ中にいると、どれがいい変化でどれが悪い変化なのかということは、誰にも分かりません。
ずっと後になって、変化の波が収まり過去を振り返る余裕ができた時に初めて「ああ、あれば良かった」とか「あれがだめだった」と言えるだけです。

この大きな変化はまだ何十年、あるいはそれ以上続くと思われます。
その先に、どんな未来が待っているのかは、まだ分かりません。

今はもう数年先も見通せないほどに、変化の激しい時代になりました。
僕が子供頃とは、ずいぶんと違います。

僕の子供頃は、5年くらい先でもほとんど大きな変化は考えられませんでした。
それまでの生活と5年後の生活に大きな変化があるなどと考えなくてもいい時代だったのです。

でもこれから5年後の生活がどうなっているかは、まるで予測がつきません。
大きな変化の真っただ中いる時は、その渦の中で溺れないように必死に泳いでいるだけで、時にはどこが上でどこが下かも分からなくなるほどです。

たまたまその渦の流れを読めたり、運が良かった人が巨万の富を得て、大きな権力を握ったりします。
一方でそれ以外の大半の人々は、大きな渦の中でただ翻弄され無力感に陥ります。

このような大変化の中では運が大きく左右しますが、それでもチャンスと見たら果敢に飛びついてみた者のほうが、生き延びる可能性があります。
そして、過去の価値観は早めに捨て去ってしまったほうが、生き延びられます。

沈みゆく過去の価値観にいつまでもしがみついているのは、とても危険です。
チャンスと見たらそれに果敢に飛びついて行くには、過去の価値観を捨て去らねばなりません。

重い荷物を背負ったままでは、チャンスが来ても素早く飛びつけないものです。
今持っている物を捨てるほうが先なのです。

4月20日
      
■病室の窓からツツジが見えます■
 入院生活をしていると、時間の感覚が普段とはずいぶんと違うなあって感じます。
いつもは慌ただしく動いていますが、病室でじっとしているとほんの小さな自然の変化にも目が行きます。

窓の外に見得るツツジの花が、咲き始めています。
桜の花が散ってから、しばらくしてツツジが咲き、段々と初夏の香りがしてきました。

もう半袖でもいい気温です。
僕は、もう少し入院生活が続きそうです。

僕以外誰も見ることのない日記を、こうやって書くのは2006年4月以来です。
あれからもう10年も経っているんですね。

4月21日
      
■検査が続きます■
 入院していると、検査がいかに多いかが分かります。
あっちこっちに行って、いくつもの検査を受けます。

そしてその結果に一喜一憂しています。
先日、会社の人たちがお見舞いに来てくれました。

仕事では迷惑をかけてしまっています。
退院したら、その分もみんなにやさしくしてあげなきゃ。

4月24日
      
■一日に10時間ほど寝ている■
 今は睡眠時間がたっぷりと取れています。
仕事をしていると、やらなきゃいけない事だらけで、どうしてもその分睡眠時間が削られていました。

で今、そんなにたくさん眠れるのかと言われるかもしれませんけど、僕は眠る事は昔から得意なのだ。
10時間ぐらいなら平気で眠れるぞ。

たっぷりと寝ていると、夢を見ることが多くなりました。
よく夢は白黒かカラーかと議論されていますが、普段の僕の夢は大体が白黒です。

「大体が」と書いたのは、時たま色が付いていたりするからです。
緑とか青とかゴールドとか、その夢によって特定の色だけ付いていて、他は白黒という感じですね。

フルカラーの夢って、これまでに見た記憶記憶がないなあ。

4月26日
      
■幸せは遅行性の感情?■
 幸せを感じるのは「後から」のほうが多いのではないかと、最近思うようになりました。
映画を見ている時はワクワクドキドキ・ハラハラしていて、楽しいとか幸せなんて感じていませんけど、見終わってから「ああ楽しかった」「いい映画だった」って感じるようなものです。

幸せも、その最中は目の前の事で精一杯で、幸せを感じている余裕もないくらいなのに、その時期が終わってしばらくしてから「ああ、あの頃は幸せだった」と感じます。
振り返る余裕ができた頃になって、初めて「幸せだった」という過去形で幸せを感じるのです。

幸せは遅行性の感情のようです。
中には、その瞬間にも幸せだと感じることもありますけど、どちらかと言えば遅行性ですね。

逆に、その瞬間に感じる感情は「怒り」です。
後から腹が立つということはあまり多くなくて、その瞬間に怒りが爆発します。

幸せが遅行性だとすれば、怒りの感情は即効性ですね。
笑いも即効性の方が多いかなあ。

感情って、それぞれによって時間的なズレがあるんですね。
そんな事にようやく気付いている入院生活です。

4月27日
      
■三菱自動車の燃費不正問題に思う■
 2015年10月19日の日記にも書きましたが「ああ、またか」というのが、率直な印象です。
これまでに何度も何度も繰り返し見て来た光景です。

これから先の流れも、もう十分に予想できます。
第三者委員会とかいう名前と実体がそぐわない組織を立ち上げて、10か月近くのムダな時間稼ぎをします。

その間に世間が忘れて騒ぎが静まるのを待ちます。
もう忘れかけた頃になって、ようやくその第三者委員会から調査結果の発表が行われますが、それはこれまでにマスコミで報道された内容とほとんど同じで、何ら目新しいもののないものです。

10か月もかけて一体何を調査していたのかと思われるような虚しい調査内容の発表をもって、この第三者委員会という組織は解散します。
それからしばらくして、社長と一部経営陣が責任を取るとして辞任し、それでこの件は終了とされます。

これが、三菱自動車の今後の流れです。
毎度の茶番劇です。

2015年7月23日の日記にも、そしてちょうど一年前の2015年4月27日の日記にも、全く同じことを書いています。
「数字で評価されるなら、数字は作ればいい」、誰でも考える事は同じです。

チョコチョコっと数字をイジるだけで多額のお金が動くんなら、誰だってそうします。
どこの会社であろうと、どんな組織であろうとやることはみんな同じです。

4月30日
      
■一時帰宅で、やらなきゃいけないことがいっぱいなのだ■
 今日、ようやく病院から一時帰宅が許されました。
月末ということもあり、やらなきゃならないことがいっぱいです。

そんな中で、たまっていたこの日記もまとめてアップロードします。
久しぶりに日記を見る方も、これで更新が遅れていた理由がお分かりいただけたかと思います。

掲示版で僕のことを心配してくれていた方がいますが、その方の予想が当たっています。
急な入院になってしまい、サイトのアップも途中で途切れてしまっていました。

ご心配をおかけし、すみません。

今夜には、また病院に戻らなければなりません。
入院はもうしばらく続きます。