M女の隠れ家

<2018年6月の日記>
2018年6月の日記

2018年6月1日
  
      ■乳房を絞り出すようにして■
 おっぱいの形のいい子には、縛りにもそれなりの楽しみがあります。
おっぱいの上下に回した麻縄を、二の腕の間から出した縄でおっぱいを挟み込むようにして縛り上げます。

こうすると、おっぱいが絞り出されるような形になり、とってもSMっぽさが際立ちます。



おへそのところで結ばれて股間を通された縄は、そのまま背中をグルリと回って胸の中央のところの麻縄と交わり、おっぱいを引き上げるようにして縛ります。
これで、体を屈めたり背中を丸めたりできなくなりました。

体を屈めたり背中を丸めたりしようとすれば、股間に通された縄がさらに食い込むことになり、またおっぱいをグイっと引き上げるように絞り出されることになります。
やわらかいベッドの上で後ろ手に縛られたまま膝立ちをしていると、体が不安定になるためお尻がプリンプリンと前後に動きます。

そのお尻の動きに合わせて、おっぱいが上下に揺れます。
とても卑猥な感じのする体の動きです。

6月2日
      
■私立大学の闇■
 日大アメフト部の問題や加計学園問題など、私立大学をめぐる話題が尽きません。
私立大学では、理事会と理事長が絶大な権限を持っており、学長や教授連などはただの雇われ者に過ぎないところが大半です。

私立大学を取り巻く環境は、民間企業のような急激な変化もなく競争環境にもさらされず、大学経営は極めて緩慢なのんびりとしたものであり、ファミリー企業化していてごく少数のメンバーだけが強い利権を保持し続けるのが一般的です。
一般の会社のような株主はおらず、競争相手もなく、力を持った取引先もなく、行政もその大学の運営に目を光らせることもないため、批判的な外部の目がほとんど入らず、甘やかされたお山の大将化した大学運営となります。

大学の収入は、学生の受験料や授業料+行政からの補助金+OB・卒業生からの寄付金の3つが主なもので、補助金以外は不明朗な会計が行われやすく、そこで生まれた裏金が政治家への闇献金となって行きます。
私立大学の運営には、このような要因で闇の部分がとても多いのですが、卒業した人たちがその大学を「母校」と呼ぶように、大学への極めて特殊な感情移入が強く、大学を美化する傾向にあります。

大学対抗のいろんな大会では、OBたちの多額の寄付金集めに見られるように、大学への感情的な片寄りがあり、それが闇の部分を覆い隠しています。
私立大学の闇の部分をなくして開かれた透明性のある運営にするには、法律改正を伴う行政の強い指導が必要になりますが、それを妨げるように政治家と癒着しているのが現状です。

大学ではいろんな格式ばった行事が頻繁に行われるものですが、そこにやたらと政治家の名前が出てくるのは、この癒着の一端を表しています。
今回の日大や加計学園問題で、私立大学の運営に小さな穴が開き改革が始まることを期待したいと思います。

6月3日
      
■人手不足だから外国人労働者を受け入れるだと?■
 昨今、人手不足だから外国人労働者の受け入れを進めるべきだという論理で話す人を、マスコミでよく目にします。
人手不足だから「受け入れる」と言うのでしたら、じゃあ人余りになったらその外国人に「出て行ってくれ」と言うのでしょうか?

ほんの7、8年ほど前までは、ひどい人余り時代で就職氷河期と呼ばれたり、派遣切りなどという言葉も出ていたほどでした。
人手不足や人余りなんていうのは、あっという間に変わるものだと言う事が、過去を見ればよく分かります。

しかも「外国人労働者の受け入れ」などと新聞やテレビなどのマスコミは表現していますが、これは「移民」だとどうして言わないのでしょうか?
実態は移民政策そのものなのに。

欧米では移民が大きな社会問題化していて、トランプ大統領はメキシコとの国境に壁を作ると言っていますし、ヨーロッパではイギリスがEU離脱を決めた大きな原因が移民問題であり、ドイツでも最大の政争テーマになっています。
欧米で移民排斥運動が大きくなっているのに、日本で移民を受け入れるべきだという論理は矛盾だらけです。

もし日本が外国人労働者を50万人受け入れるとしたら、そのほとんどは中国人とベトナム人になります。
しかも中国やベトナムから労働者だけが来るのではなく、家族も一緒にやってきます(当たり前ですよね)。

夫婦と子供二人という家族が一般的ですから、労働者を50万人受け入れるということは、家族も含めて合計で200万人の中国人とベトナム人の移民が日本にやってくるということを意味します。
中国人移民の受け入れに力を入れている政治家やマスコミは、中国共産党の「砂を混ぜる」政策の手先になっているのではないかと推測してしまいます。

6月4日
      
■人手不足だから外国人労働者を受け入れるだと? その2■
 移民・難民の受け入れ推進派の政治家と、僕との架空の会話です。

僕 「外国人労働者を50万人受け入れるということは、実質的には家族も含めて中国人とベトナム人の移民を200万人入れるということになりますが・・・」
政治家 「人手不足だから労働者が欲しいのであって、労働力にならない移民まで受け入れるわけではない」

僕 「でも、労働者だけ受け入れて妻子は入れずに家族を引き離すというのは、人道的に問題がありませんか?」
政治家 「それなら、若くてまだ未婚の労働者に限定すればいい。年齢制限を設けるとかの手もある」

僕 「では、仮に若くて未婚の労働者に限定して受け入れたとしましょう。人手不足の分野から考えると、受け入れる50万人の内の8割くらいは男性ということになります」
政治家 「若い男性、それでいいじゃないか。彼らに5年間という期限付きで働いてもらうわけだ」

僕 「5年間、若い男性が日本で働くとなると、当然その間に女が欲しくなります。その相手は職場環境から見ても、ほとんどが日本人女性ということになります。50万人の内の8割、つまり40万人の中国人とベトナム人の若い男が日本人女性と付き合い、結婚に至る可能性が高いと思います」
政治家 「…うむ」

僕 「となると、5年間の就労期間が過ぎたら彼らに本国に帰れということは、日本人女性とその間に生れた混血の子供たちも一緒に中国やベトナムに行けということになりますね」
政治家 「それでは少子化に拍車をかけるようなことになってしまう」

僕 「では、男性だけ本国に帰して、日本人女性と子供たちは国内に残ってもらいましょうか?」
政治家 「そんな事、人道的にできるわけがない。結婚した彼らには日本に残って働いてもいいことにしよう」

僕 「では、5年間という就労期限は実質的にはほとんど意味を持たなくなりますよ。日本人女性と結婚すれば、ずっと日本にいられるとなれば、それ目当てに彼らはやって来ます」
政治家 「それは良くない。やっぱり若い男ではだめだな。日本人女性が中国人やベトナム人の男と結婚するというのも好かん。受け入れは家族持ちにするか」

僕 「それでは、振り出しに戻ってしまいます。200万人の移民受け入れですよ?」
政治家 「・・・・」

6月6日
      
■名称や定義を細かく分けると実態が見えにくくなる■
 外国から日本にやってくる人たちの名称や定義については、いろんなものがあります。
移民、外国人労働者、外国人留学生、在留資格者、不法滞在者、技能実習生、不法移民、難民、亡命者、外国人旅行者、その他もろもろ。

政府は「外国人労働者」は「移民」ではないと言っています。
これは昨年のニュースの見出しです。

ヨーロッパの移民・難民問題
EU加盟27か国は2016年に難民申請者数710,400人(2015年比2倍以上)を保護し、14,000人の申請を認めた。


アメリカやヨーロッパの報道では、日本のような細かい分類などせず、全てを「移民・難民」として一括りにして人数を表現しているのを良く見かけます。
アメリカやヨーロッパで言われている移民と難民の違いは、行政手続き上で申請が認められたかどうかということです。

EU27か国の人口は合計で5.1億人であり、1.2億人の日本よりもはるかに多いわけですが、それでも70万人程度の「移民・難民」の流入で大問題になり、社会不安やテロ事件、レイプなどの犯罪の増加、伝染病の広がり、はてはネオナチの台頭まで、いろんな影響が出ています。
日本で200万人の中国人やベトナム人の移民を受け入れたら、どれほどのインパクトになるでしょうか?

ちなみに、事あるごとに安倍内閣の政策に反対ばかりしている朝日新聞ですが、「外国人労働者の受け入れ」についてだけは賛成しているところが、とても面白いですね。

6月7日
      
■僕を元気にするユーチューブ■
 人は、いつも元気いっぱいという訳にはいきません。
たまには調子の悪い時もあります。

そんな時、僕はユーチューブでこんなのを見て、元気を取り戻したりします。



まあ、どんな映像や音楽で元気が出るかは人それぞれですけどね。
でも、この中に出てくるようなBf109とF4Uが直接対決するケースというのは、実際にあったのだろうか?

ここがどうもひっかかります。
P51Dとはかなりあっただろうけども、F4Uというのは僕には分かりません。

どなたか詳しい方がいれば、教えてください。

4月9日
      
■どれほど泣いただろう■
 この日記を書くかどうか、2日間とても悩みました。
もう誰もが知っている目黒区の5歳の女の子が、十分な食事も与えられず虐待を受けて死んだ事件です。

このひらがなの文章は、何度見ても涙が流れます。

ママ

もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりかもっと あしたはできるようにするから

もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします

ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして

きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす

これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいぜったい

やらないからね ぜったいやくそくします

もう あしたはぜったいやるんだぞとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ

僕は決して涙もろいタイプではありません。
でも、この文章を見ていると、涙があふれてきます。

どんな理屈も何もかもが、5歳の女の子が書いたこの文章の前ではまるで無力だと思います。

6月10日
      
■どんな文豪の名作もかなわない■
 今日の日曜日は、少し離れたところにある大型ショッピングセンターに行ってきました。
多く家族連れで賑わっており、小さな子供たちの声もいっぱい聞こえます。

そんな子供たちの横を通り過ぎた時、ふいに僕は涙が流れました。
昨日の日記で書いたあの子の事が思い浮かんだんです。

本当ならば今ここにいる子たちと同じように、両親と一緒に手をつないで買い物をしたり食事をしたりしているべきなのに。
悲しくて痛ましくて、もう思い出したくないほどです。

 この日記に何度か書いていますが、僕はバツイチで家庭を持つことに失敗している男です。
だから、家庭や家族には特別の感情があります。

以前からスーパーなどで小さな子供を連れた家族を見るたびに、心が揺さぶられてきました。
目黒区の5歳の女の子の書いた文章に、僕の心は激しく揺さぶられています。

あの文章を見れば、あの子は頭のいい子だというのが分かります。
そして、そんな子がどんな思いであの文章を書いたのかを想像すると、その辛さと悲しさも分かります。

ショッピングセンターで遊んでいる同じ年頃の子供たちと、その境遇のあまりにも大きな違いを思い涙が流れました。
あの文章は、どんな文豪が書いた名作もかなわないほどの、強く心を揺さぶる力を持っています。

5歳の女の子が書いた名作です。
今はもう死んでしまって、いないけど・・・。

6月20日
      
■夢にまで見るように■
 最近、会社で嫌な仕事を押し付けられて、四苦八苦しています。
夢にまで見るようになりました。

こんな嫌な仕事はとても久しぶりで、過去にもあまり記憶にないほどです。
サラリーマンをしていると、上から言われた仕事を拒むのは難しいものです。

嫌な仕事でも引き受けざるをえません。
上司とトラブルになっている夢を何度も見ています。

そんな夢を見て目覚めるのは、なかなか気分がよろしくありません。

6月21日
      
■フェイクニュースを「誤報」と表現する日本のマスコミ■
 日本には五大紙と呼ばれる全国版の新聞があります。
五大紙とは、日経、読売、朝日、毎日、産経の各新聞のことです。

このヤフーニュースは、それら新聞に対する信頼度に関するものです。

朝日新聞の信頼度、五大紙の中で最下位 産経新聞を下回った理由とは
 
このヤフーニュースの中で、朝日新聞の信頼度が最下位になった理由として「2つの吉田事件が尾を引いている」と述べていますが、僕はそうは思っていません。
2つの吉田事件は単なる現象に過ぎず、真の原因は朝日新聞という組織がフェイクニュースを好む体質にあるからなのです。

2つの吉田事件が問題だと思って、ちゃんと検証・反省し再発防止策をしっかりと行っていたならば、朝日新聞に対する信頼度はここまでひどくはならなかったでしょう。
形だけの反省をして、相変わらずフェイクニュースを流し続けているから、朝日新聞に対する信頼度が最下位になっているのです。
世界的には「フェイクニュース」という呼び方が一般的ですが、日本のマスコミはこれを「誤報」と表現しています。

さらに、朝日新聞の発表している発行部数611万部(2017年後期)のうち、3割が「押し紙」と呼ばれる販売店に押し付けた分だというのです。
「押し紙」というのがあることは僕も知っていましたが、せいぜい10%以下だろうと僕は思っていました。

3割もあると販売店の経営も大変でしょうし、資源の無駄使いもはなはだしい。
新聞社の言う発行部数とは、印刷して販売店に届けられた部数であり、それが実際に各家庭に配達された部数とはかなり差があります。

その差が「押し紙」と呼ばれる部数で、販売店が「泣いて」いる部分です。
テレビでは視聴率という指標が最も大切なものですが、新聞の最も重要な指標である発行部数からしてもうフェイクニュースなんです。
これでは、信頼なんてとても無理です。

6月22日
      
■今日の6月22日は「ゴールポストの日」■
 今日の6月22日は、「ゴールポストの日」です。
ちょうど、サッカーワールドカップの開催中であり、「ゴールポストの日」はとてもいいタイミングです。

この「ゴールポストの日」は、韓国が日本に対していつもゴールポストを動かしてきた事に反対するために昨年制定されました。
6月22日に定められた理由は、1965年6月22日が日韓基本条約が結ばれた日だからです。

韓国は、この日韓基本条約もすでに一方的に破っており、国家間の条約や合意をこれまでに何度も破ってきたという歴史があります。
そのため、世界的に韓国は「ゴールポストを動かす国」として広く知られています。

そんな韓国に対する戒めとして、この日韓基本条約が結ばれた6月22日を「ゴールポストの日」としているのです。
いつも合意や約束を破る韓国には、今後も十分に注意していかなければなれりません。

もちろんこれは韓国だけではなく北朝鮮も同じで、合意や約束を守らないというのは朝鮮民族に共通した性質です。
シンガポールでの米朝首脳合意など、2年も持てばいいほうでしょう。

相手の取るに足らない小さな言動に難くせをつけて条約や合意を破るのは、朝鮮民族の常套手段です。
何千年もかかって培われた民族性というものは、そんなに簡単に変わるものではありません。

「今度は違う」とか「今度こそいける」というのは、間抜けがよく使う言葉です。