M女の隠れ家                                            <小説 淫虫−10>


第10話 産婦人科 

「お次の方、どうぞ」
看護婦の柔らかな言葉の促されて、奈津美は診察室に入った。
キャリアウーマン風のメガネをかけた女医が、白衣を着て机に向かって無言でカルテを書いている。
指示されたイスに座ってしばらく待っていると、カルテを書き終えた女医がクルリとこちらを向いて言葉を発した。
「今日はどうしました?」
少し微笑んだような表情に、奈津美は安心感を覚えて、もう生理が3か月も来ていないことを素直に伝えた。
生理が来ないということは、一般的には妊娠していることを意味する。
しかし、逆算して妊娠したことになるその頃は、奈津美はセックスをしていないのだ。
セックスをする相手は奈津美には昭しかしない。
だが、あの頃はお互いにすれ違いが多くてセックスをすることもなく、またこれまでに何度も昭とセックスをしているが昭は必ずコンドームを着けて避妊している。
それは、奈津美も常に確認しており、コンドームのないセックスは絶対にしていないという自信があった。
それなのに生理が来ない。
奈津美は、このことが不思議でならず、正直に女医に伝えた。
「まあ、とにかく検査をしてみましょう」
女医は、看護婦に尿検査を指示した。
奈津美は看護婦から言われたとおりに、トイレで少しだけおしっこを紙コップに取り、指定された場所に置いた。
その後、しばらく待っていたら看護婦は診察台に上がるように奈津美に伝えた。
「下着を脱いで、この台の上に仰向けになってください」
足を大きく開いた格好で小さなカーテンに仕切られた診察台の上で待っていると、先ほどの女医がマスクを着けて白い薄手のゴム手袋をはめてやってきた。
薄く生え始めている陰毛が、奈津美の下腹部にあらわになっている。
「少し見せてくださいね」
そういうと、ひんやりとした感触がして、鉄製の何かが奈津美の中に差し込まれてきたのが感じられた。
女医が奈津美の中を覗き込んいでいる様子がカーテン越しに分かった。
「・・・・」
女医は何も言わずに、そのまま鉄製の器具を奈津美の中から抜き出してから、今度は聴診器を耳に当て、奈津美の下腹部を探っていく。
何か所か奈津美の下腹部で聴診器を動かしながら、音を確認している。
「はい、いいですよ」
女医は、それだけ言って診察台を離れた。
看護婦が
「服を着てから、診察室に戻ってきてくださいね」
と奈津美に伝えた。

奈津美はドキドキしながら、さっきの診察室に入った。
どんな結果なのか、不安が一気に押し寄せて来る。
これから女医が発するであろう言葉に、奈津美の運命がかかっているかのように空気が重く感じられた。
女医はまた机でボールペンを走らせ、カルテを書いていた。
今度は、先ほどのように待たされることもなく、すぐにクルリと女医はこちらに向きを変えた。
手に持った書類を見ながら、女医が言った。
「結論から言いますと、妊娠はしていません」
「妊娠チェッカーの結果も、子宮口の状態も、心拍音検査も、妊娠している兆候は見られませんでした」
「生理が来ないというのは、何か別の要因があると思われますが、それが何なのかは分かりません」
「精神的に不安定だったりすると生理が不順になることがありますし、生活が不規則だったり栄養状態が・・・・」
女医がいろんな一般論を述べているのを奈津美はぼんやりと聞きながら、妊娠していなかったという事実だけを受け止めていた。
そして一番肝心なこと、時々性欲が異常にしかも狂うほどに強くなるようになったことは、秘密のままでいた。

「まあ、健康状態には特に問題がないようですし、しばらくは様子を見ましょう」
「もし何か異常があるようでしたら、すぐに来てください」
ありきたりの言葉を最後に聞きながら、奈津美は「ありがとうございました」と礼を述べて診察室を出た。

病院のドアを出て空を仰ぐと、真っ青な空に白い雲が小さな塊を作っていた。
「妊娠していない」
そのことが、奈津美の気持ちを明るくし、つま先が勝手に走り始めるように足が軽く感じられる。
生理が来ないことなど、もう奈津美にはどうでもいいことのように思えた。
体調は、すこぶるいい。
これまで、時々疲労が溜まったりしたら起こる頭痛と肩こりも、今では全く感じられない。
生理の時の腹痛も、あの特有の不快感も、全てから解放されたようだ。
軽い足取りの中で、奈津美はまた昭に会いたいと思った。

奈津美と最後にセックスをしてから、昭はずっと迷っていた。
コンドームが破れ、精液が残っていなかったことを、奈津美に言うべきかどうか、迷っていた。
たまに奈津美と電話で話をしたりするが、このことを言い出せず、昭は会話の中でつい生返事をしてしまう。
「ちゃんと聞いてる?」
すねたような口調の奈津美の声が電話から聞こえてくる。
「ああ、ちゃんと聞いてるよ」
昭は、オウム返しに言った。
「それでね、あのお店の店員さんが・・・」
奈津美の電話の話の内容は、どこかのお店で店員から自分の服装を褒められたことを自慢しているようだ。
最近の奈津美は、服装のセンスが急に変わったことは、昭も感じていたところだ。
これまでのおとなしくて少し上品な感じるのする服装から、華やかさとセクシーさのある雰囲気に変わってきている。
「へえ、そうなんだ」
昭は、奈津美の話に軽く返事をしていた。
「じゃあ、これから行くわね」
急に会話の中身が現実的になった。
「えっ、今から?」
昭は、話の展開がいきなり変わったことに戸惑いながら、これから奈津美が家にやってくることにうれしさも感じた。
また、奈津美に会える。
しかも、奈津美が自ら望んで昭のところにやってくる。
股間にドクンドクンと血液が流れ込んでいくのを感じながら、昭は言葉を探していた。
「どうしたの?」
「急に」
昭の喉から出てきたのは、ぎこちない言葉だった。
「・・・会いたいの」
「また、して欲しいの・・・」
奈津美の声のトーンが変わり、小さくて聞きづらいほどになった。

「ああ、分かった」
「じゃあ、2時間後に、僕の家で」
これまで、奈津美と会ってセックスを何度もしてきたが、ラブホテルが多かった。
お互いに車で通学や通勤をしていたから、会社や学校近くのレストランの駐車場で待ち合わせ、一台の車に乗り合わせて郊外のラブホテルに行くこともよくあった。
今回もどこかの駐車場で待ち合わせることもできたのだが、昭はあえて自分の家に来るように奈津美に言った。
前回、奈津美とこの家で会ってから、昭はSM道具を買い集めていた。
通販では、縄や鞭、革製の拘束具、鉄製の手錠やクリップなど、いろんなものが売られていた。
それらを昭は金にあかせて、買い集めたのだ。
SM道具の使い方の本やDVDなども、いろんなものが売られている。
仕事を辞めている昭には、それらを見たり試したりする時間はたっぷりとあった。
あとは、奈津美の体に実際にこれらのSM道具を使うだけだ。
その機会が、突然訪れた。
昭は、買い集めてから何度か試し使いをしていたSM道具をリビングのテーブルに広げた。
かなり大きめのテーブルだが、集めたSM道具の量が多くて、全部が乗り切らないほどだ。
それらのSM道具を使うところを想像しながら、昭は奈津美がやってくるのを待った。