M女の隠れ家                                            <小説 淫虫−2>


第2話  恋人 奈津美

昭には倉本奈津美という23歳の恋人がいる。
もう1年以上の付き合いになるが、昭が奈津美の体を強く求めるのに対して、奈津美はそれを拒絶はしないものの決して昭との性的な関係にそれほど乗り気ではなかった。
奈津美はまだ大学院生であり、将来は研究者の道に進みたいという志を持っていた。
昭と知り合ったのは、大学の研究の関係で、たまたま竹中製薬の中央研究所に来た時に声をかけられたのがきっかけだった。
研究所の所長の息子だと言われ、冷たく断ることもできないでいるうちに恋人関係になってしまったのだ。
奈津美は性的なことに強い欲求を持っているタイプではなく、どちらかと言えば淡白なほうだと自分でも思っていたが、昭も惚れたその肉体的な魅力でこれまでに何人もの男性から言い寄られ、昭と知り合うまでに2人の男性と関係を持ったことがある。
その体を今は昭が独占しているのだった。

昭は父親の書斎にあった水槽の中の虫に、その後も強い興味を持ち続けていた。
父親とその愛人であった「共同研究者」の戸川が交通事故で死んだ今となっては、この虫のことを知っているものは昭以外には誰もいない。
これほどの研究をこのまま世に埋もれさせてしまっていいのだろうか。
もし成功すれば、画期的な研究成果として大変な名声と巨万の富を手にできるだろう。
自分が研究していたものではないにせよ、元々は自分の父親が研究していたものなのだから、それを父親の死後は息子である自分が引き継ぐのに何の問題があるというのだと昭は勝手な解釈で考え始めていた。
「そうだ、自分がこの研究を続けなければならないのだ」という使命感のようなものまでが、昭の心の中に生まれていた。

「どうやって続けるのだ?」
「研究所に言って、この研究のことを知らせればどうだ」
だが研究所にそんなことを言ってとしても、元々が怠け者と見られていた自分は研究所長であった父親の亡き後は誰からも相手にもされないであろうことは昭にも容易に予想がついた。
またこの研究の成果は自分の手から離れて、竹中製薬のものになってしまうだろう。
「それではダメだ」
昭は頭を振った。
「やはり、自分一人で父の後を引き継ぐしかない」
そう思い、昭は決心を新たにした。
怠け者だったが、優秀な研究者であった父の血を引いているだけあり、また大学から就職までこの道を選んだ昭には、それでも研究者の端くれとしての思いも少なからずあった。
これほどの研究テーマを、このまま殺してしまうわけにはいかない。
決して慕っていた父ではなかったが、それでも実の父だ。
昭が小さな頃には、よく一緒に近くの川へ魚釣りにも連れて行ってくれた父だった。
その父が死に、今、その研究テーマがこのままでは父の死とともに、この世から消えてしまうことになる。
そう思うと、この研究テーマを自分が引き継ぐことへの義務感のような思いが、昭の中に湧き上がってきた。

生活に困らないだけの十分すぎるほどのお金を持ち、自分の生き方に干渉する父も母ももういなくなってしまった昭には、これからの人生を生きていくための何かが必要だった。
父の死後、昭は知らず知らずのうちに、そんな何かを心の中で捜し求めていたのだ。
それは、生きがいといってもいいものかもしれない。
そうだ、自分がこれからの人生を張り合いを持って生きていくための、取り組みテーマが欲しかったのだ。
そのことに気づいた昭は、この虫について父の書斎に篭り、数日間をかけて資料を調べ上げていった。
優秀な研究者だった中沢は、その虫の詳細なデータを残していた。
だが、まだこの虫の生態については、分かっていないところも多い。
それを自分ひとりで研究していくには、設備も人員も不足しすぎている。

やはり、手っ取り早くこの研究を成果に結びつけるには、実際にこの虫を人間の子宮に入れてみるのが一番だ。
まずは死んだ「共同研究者」の戸川と同じように、誰かに実験台になってもらうことから始めるしかない。
そう考えた昭は、その実験台として真っ先に恋人の奈津美を思い浮かべた。
「奈津美しかいないか・・・、まあ、今の自分には他に選択肢はないな」
昭はそうつぶやいた。

今度の土曜日の夜に、昭は奈津美をこの自分の家に呼ぶことにした。
これまでにも何度か奈津美は昭の家に遊びにきており、この家に昭一人きりになった今では、むしろ遊びにくることに何の問題もなくなった。

奈津美は昭の招待を受け、土曜日の夕方、自分の車で昭の家にやってきた。
二人っきりの夜を過ごすことを、大人として認識している。
広いその家で、二人はDVDの映画を見たり音楽を聴いたりして、他愛もないおしゃべりをして過ごした。
その日は昭の希望で、家の台所で奈津美は自慢の手料理を作り、昭にご馳走した。
「奈津美は料理が上手だなあ。本当においしいよ」
昭は奈津美の料理を褒め、その手料理を平らげた。
「そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」
昭の言葉にうれしそうに微笑みながら、奈津美はワインも少し飲んだ。
昭が前もって用意しておいた高級ワインだ。
「いいワインね。すごくおいしい」
奈津美は料理も上手だが、その鋭敏な味覚はワインの知識がなくても味で良し悪しを判別することができた。
「だろう? 親父の秘蔵ワインなんだ」

「へぇ、そう」
奈津美は特にワインの名前などには興味を示さなかったが、そのおいしさに惹かれ、数杯を飲み干した。
ゆったりとしたテンポの音楽が流れる中、お腹もふくれていた奈津美は次第に眠くなってきていた。
まだ時計は夜の9時を少し回ったところだ。
「ワインのせいかしら」
奈津美はそう思いながらも、もう体を動かす力も残っていないほどの睡魔に襲われ、深い眠りの中に沈んでいった。
「奈津美。どうしたんだ?」
居間のソファにもたれかかるようにして眠っている奈津美に、昭は声をかけた。
昭は平手で軽くピタピタと奈津美の頬をたたいたが、奈津美はスースーと寝息を立てているだけで反応がない。
よく眠っているようだ。
以前、研究所からこっそりと持ち出してきた睡眠薬を、昭はこのワインに混ぜていたのだった。
製薬会社の研究所には、その会社の作っている薬だけでなく他社の薬も研究のために多数保管されている。
現在は使っているわけではなくても、いつか将来研究に使うことになるかもしれないというだけで、世界中の製薬会社の薬を多数買い集めて保管しているのだ。
それらのひとつが減っても、誰も気づくことはなかった。

「よし、これで準備は整った」
昭はソファの前に立ち、ピクリともせずに眠っている奈津美をしばらくの時間見下ろしていた。
かすかなとまどいのような感覚が、昭の心の中に沸き起こっている。
本人の同意を得ることなく奈津美を実験台にすることに、昭は自責の念を感じていた。
今なら、まだ止められる。
「何を、今さら」
昭は自分の心の迷いを振り切るようにして、軽く頭を振った。
そのままクルリと奈津美に背を向け、昭は父の書斎へと歩いていった。
もう迷いのないしっかりとした足取りだ。
父の書斎に入ると、あの水槽の中にいる小さな虫を一匹手で取り出した。
水槽のガラス面にくっついていた虫だが、昭が水の中に手を入れると簡単にガラスから剥がれてきた。
手の平に吸い付くような感覚がある。
生温かい水温が、まだそのまま虫に残っているかのようだった。
昭は濡れた手のまま奈津美のいる居間に戻ってきた。
手の中にはあの虫がいた。
昭はソファで深い眠りに落ちている奈津美の足を見た。
スカートの下から見える白いスラリとした足は、今ゾクッとするほどの色気を昭に感じさせていた。
そのスカートをめくり、白いレースの付いたショーツの中に昭は濡れた手を入れた。
その瞬間、手の中にいる虫が、ピクリと動いたかのように昭は感じた。
今まで、まるで死んでいるかのように反応のなかった虫が、今昭の手の中で突然動いたようだ。
昭はその動きにハッとしたが、そけでも手は奈津美の淡い陰毛の中に滑り込んでいた。
そのまま中指と人差し指で奈津美の割れ目を広げ、まだ小さなラビアに中に中指を進めていった。

昭の手は水槽の生温かい水に濡れていたため、虫も濡れたままだった。
その虫をラビアの間にそっと入れると、ピクピクッとまるで喜んでいるかのような動きを見せて、自ら意志があるかのようにラビアの奥に吸い込まれるようにして消えていった。
そう、まるでラビアの奥に消えてしまったという表現がピッタリするような感じだった。
昭は白いショーツから手を抜き、何も残っていない手の平を見つめながら、不思議な思いに捕らわれている。
「何だ、今のは?」
あの虫がこんな反応を示すことに驚きと戸惑いを感じながら、昭は自分の濡れた手の平を見つめていた。